Southernpacificocean Medical Team 南太平洋医療隊

 

トンガ王国ラグビー代表のチームドクター体験記        内野和顕

 


2013年の春にカワムラ歯科医院(川口市)の河村康二先生から電話を頂いた。トンガ国立病院のシシリア先生が旧知の私をトンガ代表チームの日本での試合の暫定的チームドクターとして希望しているとのお話だった。来日するラグビーチームのチームドクターが事情で日本に帯同できず困っているとのこと。南太平洋医療隊の河村康二・サユリ両先生は長年トンガで予防歯科のボランティア活動に献身、貢献されている尊敬すべきご夫婦である。康二先生と私の友人が同級生という縁で歯周病に関連する生活習慣病健診と講義を通じて活動に参加させて頂いた縁でのお話であった。しかし私は内科医でありとても無理だとお断りしたのだが、チームドクター無しでは試合は不成立となる。ぜひ引き受けてほしい。ただ座っているだけでいいらしいとのお話でお引き受けすることとなった。
 試合前日に打ち合わせのためホテルへ。選手はみんな想像以上の大男! 試合はパシフィック・ネイションカップというリーグ戦であり、初回の対戦相手は日本。当日は早めに秩父宮ラグビー場に行く。試合前にチームドクター、日本ラグビー連盟の担当医師達とのミーティングがあった。そこで日本チームの温厚な医師から名刺を頂く。名前はよく存じ上げていたスポーツ整形で有名な横浜南共済院長で横浜市大の大先輩の蜂谷将史先生だった。 試合が始まる。小生は係員からグランドに置かれた椅子に座るよう指示される。控え室で待機できるほど安易な業務ではないようだ。おまけに「Medico」と大きく書かれたゼッケンを胸つけさせられ、脂汗が出てくる。実際に見る試合は相撲のような激しさ。すぐにトンガ選手が仰向けに倒れ込んだまま試合が中断する。レフリーが私に対応を促すが、体が固まり冷や汗が出てどうすべきか分からない。するとチーム所属の少年のようなトレーナが素早く倒れている選手に走り寄る。選手の顔を覗き込みながら何か叫びつつ身体を叩く。その途端、選手は素早く立ち上がって試合再開だ。どうやらこれは医学処置というより精神的に活を入れているようだ。ケガは無いのだ。その後もトレーナの活のみで回復するので助かった。試合はトンガの勝利で終わった。やれやれと選手控室に戻ると、眉毛の付近や頭の天辺から出血している選手が2名。診察すると眉毛の下、頭部に深めの裂傷! これは縫合が必要だ。しかし縫合の準備がない。蜂谷先生にお願いするしかない。先生はあっという間に手際よく縫合して下さり感謝、感謝であった。
 チームは次の対米国戦のため直ちにアメリカへ移動後、対フィジー戦のため再来日した。フィジー戦の前日もチームと打ち合わせを行う。団長に「今度の試合でケガが起ったら、病院へ連れて行く必要がある。ついては医療費の準備をしておいてほしい」とお話したが、細身で頼りなげな団長は「病院へいくお金の準備はないよ。」「その代わり、ケガしがないように試合するから大丈夫だ」と緊張感ない返答。何度お願いしても同じなので諦める。生真面目でシッカリしている印象のヘッドコーチなら分かってくれるだろうと話すと、「お金はない。我々は絶対ケガをしない。心配ない。」と言い張るのであった。のれんに腕押しとはこのこと。説得をあきらめた。
 試合は前回と同じ秩父宮ラグビー場。対戦相手はフィジーなので蜂谷先生はおられない。そこで開始前のミーティングで外科の先生を確認し事前に依頼しておくこととした。「外科的処置はまかせてください」とおっしゃる心強い先生を発見。これで今日は安心と試合に臨んだ。対戦相手のフィジーは日本以上に当りが強烈。トンガは劣勢だ! 始まって早々、トンガに負傷者が続出。負傷した選手が痛々しく控室に戻って来る。見ると、人差指が完全に直角に曲がった状態!どうやら脱臼だ。試合前にお願いした外科の先生が頼りである。しかし先生は脱臼をみて「僕は麻酔科が専攻なのでこれは無理」と仰るのであった。 「外科の先生ではなかった!」と私は大いに慌てる。選手の痛みは尋常ではない。病院へ連れて行くしかないと選手を連れ出した廊下で運良く一人の先生に出くわした。「やってみよう」と言いながら先生はハンカチで指を包んで強烈に何度も引っ張る。数回の試行の後、修復された! ありがたっかた!! 選手にはこのままベンチ休養を勧めたが、どうしても試合にでるとグラウンドに飛び出してしまった。トホホ!しかしその気力には脱帽だ。
 試合終了後、先ほどの先生から「開放骨折の可能性がある。念のため病院で精査をしたほうが良い」とのアドバイス頂く。タクシーで団長と病院に向かった。1時間半程度の診察で大事に至っていないことが判明。やれやれ。ところが支払いの段にて団長の財布には本当に金がないことが判明。いろいろ探った末に奇跡的にクレジットカードが現れ一件落着と思えたが、何度試しても受付されない無効カードだった。更に1時間を要して最終的に日本ラグビー連盟の付けとしてもらうことでなんとか終了。
やれやれと疲れ切って帰宅するとトンガ王国駐日大使のタニア女史が「うちのせんせい、ありがとう」と日本語で丁重なお礼のお電話を下さり大変恐縮した。正規のチームドクターからも報酬を払うと連絡があったが有難く辞退したところ、後日代表チームの正規ユニフォームプレゼントを送っていただき、私のチームドクターは終了したのだった。

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